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高松高等裁判所 平成5年(行コ)10号 判決

当事者目録(一)

一審原告

武内茂夫

外六五名

右六六名訴訟代理人弁護士

矢野真之

青野秀治

菅原辰二

当事者目録(二)

一審原告

山岡森雄

当事者目録(三)

一審被告

今治市長

岡島一夫

右訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

土山幸三郎

石津廣司

右指定代理人

桑村隆雄

外六名

主文

一  別紙当事者目録(一)記載の一審原告らの本件控訴を棄却する。

二  別紙当事者目録(二)記載の一審原告の本件訴えは平成五年一〇月九日同人の死亡により終了した。

三  別紙当事者目録(一)記載の一審原告らと一審被告との間で生じた差戻前及び後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は総て同一審原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告ら

1  原判決を取り消す。

2  一審被告は、今治市が別紙今治港(富田地区)港湾計画平面図記載の都市計画公園「東村海岸公園」の地先に計画している埋立工事等に関する一切の公金の支出をしてはならない。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

二  一審被告

1  一審原告らの本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 一審原告らは、いずれも今治市の住民である。

(二) 一審被告は、今治市の公金支出に関する最終責任者であるとともに、港湾法二条二項に定める重要港湾今治港の港湾管理者である今治市の長として今治港の港湾区域内における公有水面埋立免許の権限を有している(港湾法五八条二項、公有水面埋立法二条)。

(三) 今治市は、今治港の港湾管理者として港湾計画の作成、港湾区域内における水面の埋立等による土地造成等を行う権限を有している(港湾法三四条、一二条)。

2  前提事実

(一) 織田が浜

(1) 位置、形状等

古くから織田が浜と呼ばれた海浜は、今治市富田地区に所在し、瀬戸内海燧灘に面し、北は竜登川の河口から南は頓田川の河口に及ぶ延長約1.8キロメートルの白砂の海岸であるが、このうち延長約1.1キロメートルの別紙今治港(富田地区)港湾計画平面図(以下「別紙平面図」という。)緑斜線部分は、昭和五一年九月三日、都市計画法に基づき、今治広域都市計画における都市計画公園「東村海岸公園」に指定され(以下、右海岸全域を「織田が浜」といい、都市計画公園指定部分を「東村海岸公園」という。)、その地先海面は、自然公園法に基づく自然公園である瀬戸内海国立公園に指定されている。

(2) 利用状況

東村海岸公園に当たる海浜は、都市計画公園に指定される以前から海水浴場として利用され、今治市も、昭和五六年以降、右海浜を海水浴場として望ましい場所に指定してきており、昭和五八年七月一六日から同年八月一三日までの利用者は延べ約一五万人であった。

(二) 港湾計画とその実行

(1) 港湾計画に関する手続の概要

港湾計画とは、港湾法二条二項に定める重要港湾について定められる「港湾の開発、利用及び保全並びに港湾に隣接する地域の保全に関する政令で定める事項に関する計画」であり、重要港湾の港湾管理者が定めるものとされている(港湾法三条の三第一項)。港湾管理者が港湾計画を定め又は変更しようとするときは、地方港湾審議会の意見を聞かなければならず、港湾管理者が港湾計画を定め、又は変更したときは、遅滞なく当該港湾計画を運輸大臣に提出しなければならない(港湾法三条の三第三、第四項)。運輸大臣は、提出された港湾計画について港湾審議会の意見を聞かなければならず、提出された港湾計画が港湾の開発、利用及び保全並びに開発保全航路の開発に関する基本方針等に適合しない等、当該港湾の開発、利用又は保全上著しく不適当であると認めるときは、港湾管理者に対し、その変更を求めることができ、そのような措置をとる必要がないと認めるときは、その旨を港湾管理者に通知するものとされている(港湾法三条の三第五ないし第七項)。

(2) 今治港第三次港湾計画とその変更

今治市は、今治港の港湾区域について、昭和五五年から今治港第三次港湾計画の策定方準備を進めていたが、昭和五九年六月二五日、今治市地方港湾審議会に計画案を提出し、同審議会のこれを認める旨の答申を得たうえ、今治港第三次港湾計画を定め、運輸大臣に提出した。右計画は港湾審議会においてその内容が審議され、同審議会の意見に基づき、昭和五九年八月二三日、運輸大臣から今治市に対し、港湾法三条の三第七項に基づいて、今治港第三次港湾計画は変更の必要がない旨及び同計画中の富田地区の計画については実施にあたり、海浜保全の見地からさらに検討されたい旨の通知がなされた。

今治市は、運輸大臣の右通知を受けて、今治港第三次港湾計画を一部変更したが、その内容は、富田地区の計画について、埋立地の規模・形状はそのままにして、埋立位置を従前の計画位置から北西に約二〇〇メートル移動させたものであり、別紙平面図記載のとおりである(以下、右変更後の今治港第三次港湾計画を「本件港湾計画」という。)。本件港湾計画においても、埋立位置は変わったものの、その内容の一つとして富田地区の海面約三四ヘクタールの埋立(以下「富田地区の埋立」という。)が計画されており、このうち別紙平面図に赤斜線で表示された部分の埋立は東村海岸公園の地先海面を埋め立てるものである(以下、右部分の埋立を「本件埋立」という。)。

本件港湾計画は、昭和五九年一〇月一九日、今治市地方港湾審議会に計画案が提出され、同審議会によりこれを認める旨の答申がなされた後、運輸大臣に提出され、港湾審議会においてその内容が審議されたうえ、運輸大臣から今治市に対し、変更の必要がない旨の通知がなされた。

(3) 本件埋立免許

今治市は、本件港湾計画に基づき、富田地区の埋立のうち同市が工事主体となる部分につき、昭和六一年八月二八日、埋立免許権者である一審被告に対し公有水面埋立法に基づく埋立免許を出願した。一審被告は同法所定の手続を経て、昭和六二年三月二日、右出願にかかる埋立を免許した(以下「本件埋立免許」という。)。

(4) 本件埋立工事の開始及び進行

今治市は本件埋立免許に基づき工期を八年とする予算措置を講じ、昭和六二年五月から本件埋立を含む富田地区の埋立工事を開始し、現在も右工事を続行しており、護岸部分は既に完成している。

3  本件公有水面埋立の違法性

(一) 本件埋立免許の違法性

公有水面の埋立免許権者は、出願にかかる埋立が、公有水面埋立法四条に定める基準をすべて満たしている場合でなければ埋立免許をなしえず、更に、瀬戸内海における埋立については、瀬戸内海環境保全特別措置法(以下「瀬戸内法」という。)一三条に基づく瀬戸内海の特殊性に関する配慮事項をもすべて満たしている場合でなければ埋立免許をなしえない。

ところで、本件埋立免許は、以下のとおり、瀬戸内法一三条一項及び公有水面埋立法四条一項一号、三号に違反し違法である。

(1) 瀬戸内法違反

瀬戸内法一三条一項は、瀬戸内海における埋立免許に関し、埋立免許権者は同法三条一項にいう瀬戸内海の特殊性、すなわち「瀬戸内海が、わが国のみならず世界においても比類のない美しさを誇る景勝地として、また、国民にとって貴重な漁業資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであること」につき十分に配慮しなければならない旨を規定し、配慮すべき具体的事項については、同法一三条二項に基づき、瀬戸内海環境保全審議会が、昭和四九年五月九日、「瀬戸内海環境保全臨時措置法第一三条第一項の埋立てについての規定の運用に関する基本方針について」と題する答申(以下「基本方針」という。)をし、同年六月一八日、その旨が環境事務次官から各瀬戸内海関係府県知事に宛てて通達されている。この結果、瀬戸内海における埋立免許については基本方針に掲げられた各項目について環境に与える影響が軽微であることが免許の基準になっているが、本件埋立免許は、次のとおり「埋立てによる潮流の変化がもたらす異常堆砂、異常洗掘等による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」(基本方針1(1)ハ)及び「埋立てそのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」(同2(2)ロ)の各基準を満たしていない。

① 隣接海岸への影響

海面が埋め立てられると、潮流の変化、波の変化、砂の供給源の変化により、埋立地に隣接する海岸の砂が異常に増減し、埋立そのものが自然の海岸を消滅させるばかりでなく、隣接する海岸の自然まで破壊することがある。

本件埋立は、織田が浜のうちの遊泳区域である東村海岸公園の地先海面の約三分の一を埋め立て、その自然海浜を消滅させてしまうものである。

また、織田が浜では漂砂(風や波によって海水と共に移動する砂や小石)は北西方向から南東方向への移動が卓越しているので、本件埋立により北西方向からの漂砂の供給が止まって砂浜そのものが消滅するおそれがあり、本件埋立が隣接海岸に与える影響は重大である。

今治市は、昭和六二年五月、本件埋立を含む富田地区の埋立工事を開始し、護岸部分は既に完成しているが、本件埋立開始後残された砂浜には、現実に、顕著な変化が現れており、北西部の護岸付近は異常に砂が堆積し、一方その南東部においては明らかに砂が減少している。しかも減少の方がはるかに大きく、かつ重大である。

② 海水浴に与える影響

本件埋立により織田が浜の遊泳可能区域は三分の二に減縮されてしまうが、現実に海水浴に与える影響は、以下のとおり、さらに大きい。

現在、織田が浜における遊泳可能区域は東村海岸公園のうち南東部約一五〇メートルを除いた残り約一〇〇〇メートルの部分であるが、本件埋立によりこのうちの北西部の埋立地部分約三七〇メートル及びその近辺が海水浴場としては利用できなくなり、残る遊泳可能な区域はわずか五八〇メートルで、海水浴の利用に与える影響は重大である。

(2) 公有水面埋立法違反

公有水面埋立法四条は埋立免許のための最低限の基準を定めており、この基準をすべて満たしていない限り埋立免許を付与することはできず、この点では埋立免許権者に裁量の余地はない。ところが、本件埋立免許は、以下のとおり、公有水面埋立法四条一項一号、三号各所定の免許基準に違反している。

① 四条一項一号違反

本号は、埋立免許の基準として、「国土利用上適正かつ合理的なること。」と定めており、水面を水面のまま残すことも含めて埋立そのもの及び埋立地の用途が国土利用上適正かつ合理的であることが必要とされているところ、本件埋立免許は、以下のとおり、右基準を満足せず、本号に違反する。

瀬戸内法は自然海浜の保全等に関し特別の措置を講ずることにより瀬戸内海の環境の保全を図ることを目的として制定された特別法であり(同法一条)、瀬戸内海の自然海浜保全の施策の一つとして自然海浜保全地区指定の制度が設けられている。愛媛県は、昭和五五年三月一八日、瀬戸内法一二条の七に基づき愛媛県自然海浜保全条例を制定しており、同条例によれば、自然海浜保全地区において埋立を含む所定の行為をしようとする者は知事に届け出なければならず、知事は自然海浜保全地区の保全及び適正な利用のため必要な勧告又は助言をすることができるものとされている。そして、自然海浜保全地区指定の制度は、指定地区の自然海浜を保全することを目的とした制度であり、瀬戸内法の目的に則り、指定地区を、都市公園法二条一項に基づく都市公園、自然公園法二条一号に基づく自然公園、都市計画法四条六項に基づく都市計画施設(公園等)の各指定区域と共に、自然海浜のまま保全するものであるから、自然海浜を消滅させてしまうような埋立は国土利用上適正かつ合理的なものとはいえない。したがって、自然海浜保全地区における埋立は、国土保全上やむを得ない例外的な場合を除いては、一切許されない。

織田が浜は、自然海浜保全地区に指定されていないが、その理由は、東村海岸公園が都市計画公園、その地先海面が自然公園である瀬戸内海国立公園の各区域に指定されており、これらの指定区域については、各根拠法律に基づく規制により、自然海浜保全地区と同程度ないしはそれ以上に厳しく、自然海浜保全の配慮を働かせることが当然の前提となっているから、敢えて重複して指定する必要がないためである。したがって、織田が浜においても、国土保全上やむを得ない例外的な場合を除いては、公有水面の埋立は許されない。

② 四条一項三号違反

本号は、埋立免許の基準として、「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体の法律に基づく計画に違背せざること。」と定めているが、後記愛媛県計画は環境保全に関する計画であるとともに海面を含む国土利用に関する計画でもあり、東村海岸公園の地先海面を埋め立てることは、右計画に違背し本号に違反する。

瀬戸内法四条には、関係府県知事は同法三条に基づき政府が作成する基本計画に基づき当該府県の区域において瀬戸内海の環境の保全に関し実施すべき施策について瀬戸内海の環境保全に関する府県計画を定めるものとする、と定められている。愛媛県知事は、右の規定に基づき「瀬戸内海の環境の保全に関する愛媛県計画」(以下「愛媛県計画」という。)を定めているが、右計画の「第3 目的達成のため講ずる施策」の冒頭において、「計画の目標をできるだけ速やかに達成すること、また達成しているものについては、その達成を維持することを目途として」本計画の定める施策を実施すると定められているところ、これを織田が浜について当てはめると、「現在利用の好適な状態で保全されている織田が浜及びその地先海面の自然海浜はそのまま維持する。」ということになる。また、その「4.自然海浜の保全等」の「(1) 規制の徹底と指導、取締りの強化」の項には、自然海浜保全地区指定の推進とともに「その他県下の貴重な自然海浜が自然公園法、都市計画法、鳥獣保護及び狩猟に関する法律、森林法に基づく各種指定地区に指定されているので、これら指定地域においては、当該法律に基づく適切な運用を図ることにより、自然海浜がその利用に好適な状態で保全されるよう努めるものとする。」旨が定められているところ、これを織田が浜について当てはめると、「織田が浜の砂浜の中央部分(東村海岸公園)は都市計画法に基づく都市計画公園、その地先の海面は自然公園法に基づく国立公園に指定されているので、これらの指定地域においては、当該法律の適切な運用を図ることにより、自然海浜が海岸利用の公園にふさわしい状態で保全されるよう努めるものとする。」ということになる。

要するに、自然海浜はその地先海面の存在を当然の前提とするところ、右計画は、指定区域における自然海浜の地先海面を海面のまま残しておくことを要求している。

本件埋立は、指定区域の自然海浜を地先海面の埋立によって消滅させるものであり、愛媛県計画に違背する。

(二) 本件埋立の違法性

(1) 本件埋立免許は公有水面埋立法四条一項及び瀬戸内法一三条一項に違反し、その違法性の程度は重大かつ明白であるから無効である。したがって、本件埋立も無効な免許に基づく埋立として違法である。

(2) また、本件埋立は、愛媛県計画に違背し瀬戸内法上埋立を行ってはならない場所における埋立であり、瀬戸内法四条の二に違反し、違法である。

4  本件公金支出の違法性

(一) 公金支出の確実性

今治市は、前記のとおり、本件埋立免許に基づき予算措置を講じ、昭和六二年五月から本件埋立を含む富田地区の埋立工事を開始し、現在も続行しており、今後も、埋立工事が継続され、本件埋立について今治市の公金が支出されることは確実である(以下、この公金の支出を「本件公金支出」という。)。

(二) 原因行為の違法による公金支出の違法(違法性の承継―主位的主張)

公金支出が違法となるのは、公金支出自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合も含まれる(最高裁判所昭和五二年七月一五日判決、同昭和五八年七月一五日判決、同昭和六〇年九月一二日判決参照)。本件公金支出は本件埋立免許を原因行為とするものであり、前記のとおり、本件埋立免許は違法であるから、本件公金支出もまた違法といわねばならない。

また、本件においては、違法な原因行為である本件埋立免許の免許権者と本件公金支出の責任者がいずれも同じ一審被告であるから、原因行為である本件埋立免許の違法性が重大かつ明白でなくても、本件公金支出は違法となる。

(三) 目的(原因行為)の違法性による公金支出の違法(主位的主張)

本件公金支出は違法な本件埋立を目的とするものであり、本件公金支出がなされることにより本件埋立が実施され、愛媛県計画に違背する違法状態が生ずることになるから、本件公金支出は違法である。

また、公有水面埋立法に基づく埋立免許は、公有水面について水面が陸地化され竣工認可がされることを条件として埋立地の所有権を当該出願人に付与する処分であり、その反面、右出願人にとっては、埋立自体ではなく、埋立地の所有権取得を目的としたものであり、免許を得て行う公有水面の埋立は財産の取得を目的とした財務会計上の行為たる性格を有するところ、前記のとおり、財務会計上の行為である本件埋立は違法であるから、本件埋立という違法な財務会計上の行為を目的としてなされる本件公金支出もまた違法である。

(四) 原因行為違法の重大明白性(予備的主張)

仮に、公金支出の原因となる行為が重大かつ明白な違法性を有しない限り当該公金支出が違法とならないとしても、以下のとおり、本件埋立免許の違法性の程度は重大かつ明白であって、本件埋立免許は無効であり、このような免許に基づいてなされた本件埋立自体も重大かつ明白な違法がある。

(1) 違法の重大性

公有水面埋立法四条一項にいう地方公共団体の法律に基づく計画(本件では愛媛県計画)が定められている海域については、埋立は右計画に従って行うこと、すなわち、海面を埋め立てることが計画に定められている区域のみ埋立を行い、それ以外の区域では埋立を認めない、ということが公有水面埋立法の基本構造となっており、右計画は埋立免許の上位に位置する処分であり、埋立が右計画に適合していることは埋立免許の根幹にかかわる重大な要件をなしている。したがって、埋立そのものが愛媛県計画に違背してなされた本件埋立免許には、権限外の行政処分をしたのと同視すべき重大な瑕疵がある。

(2) 違法の明白性

愛媛県計画の内容は、都市計画公園たる東村海岸公園の海浜及び瀬戸内海国立公園であるその地先海面からなる自然海浜を保全するというものであるところ、本件埋立は、東村海岸公園の海浜の三分の一にわたり、その地先海面を埋め立て、自然海浜を消滅させるというものであるから、本件埋立が愛媛県計画の内容に違背することは誰が見ても一目瞭然であり、本件埋立免許の違法性は明白である。

5  回復しがたい損害の発生

(一) 本件埋立免許に基づく財務会計上の行為がなされると、海浜公園である織田が浜の自然環境の破壊を招き、回復困難な損害を生ずる。

(二) また、本件埋立免許は違法であって、無効又は取り消しうべきものであり、今治市は本件埋立によって埋立地の所有権を取得することはなく、むしろ、本件埋立の現状回復義務を負い(公有水面埋立法三六条、三五条一項、三二条)、仮に、原状回復義務を免除されても、埋立地の所有権は無償で国に帰属し(同法三六条、三五条二項)、本件公金支出は今治市にとって全く無駄な支出となる。他方、今治市が行う富田地区の埋立に要する費用は、本件埋立免許申請書に添付された資金計画書によると、合計一四一億六五二八万一〇〇〇円であり、この費用はすべて今治市の公金として支出され、今後の経済情勢によっては増加する可能性が大である。このような多額の公金の支出がなされると、後日、市長である、又はあった特定の個人その他今治市の職員である者に対し損害賠償の代位請求を行っても、その回収は事実上不可能である。

6  監査請求の前置

一審原告らは、昭和五八年一二月二〇日、同五九年一月五日及び同月一九日に、本件埋立工事に関する公金の支出について、地方自治法二四二条に基づき住民監査請求をしたが、今治市監査委員は、昭和五九年二月六日、右公金の支出は相当の確実性をもって予測されないとして、一審原告らに対してその旨を通知した。

7  よって、一審原告らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、一審被告に対し、本件埋立免許に基づく埋立工事等に関する一切の公金支出の差止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  請求原因2(前提事実)について

(一)(1) 同(一)(1)(織田が浜―位置、形状等)の事実は認める。ただし、通称織田が浜と呼ばれている砂浜は、今治市の木材団地から頓田川河口までの延長約1.5キロメートルの海岸である。

(2) 同(一)(2)(織田が浜―利用状況)のうち、東村海岸公園にあたる海浜が海水浴場として利用されてきた事実は認める。しかし、今治市東部には頓田川以南に延長約七キロメートルの海岸があり、利用者も多い唐子浜、志島ケ原、大崎等の海水浴場があるが、織田が浜は道路事情が悪く木陰や便益施設もなく、都市化現象による水質の悪化等により快適性に欠け、利用者も少ない(今治市が昭和五九年夏に行った調査の結果によれば、織田が浜の海水浴利用者は年間約二万人と推計される。しかも右人数自体、本件訴訟等が報道機関によって宣伝され、好奇心から訪れた人により増加した結果と考えられる。)。

(二)(1) 同(二)(1)(港湾計画とその実行―港湾計画に関する手続の概要)は認める。

(2) 同(二)(2)(港湾計画とその実行―今治港第三次港湾計画とその変更)の事実は認める。

(3) 同(二)(3)(港湾計画とその実行―本件埋立免許)の事実は認める。

(4) 同(二)(4)(港湾計画とその実行―本件埋立工事の開始及び進行)の事実は認める。

3  請求原因3(本件公有水面埋立の違法性)について

(一) 認否

基本的な法規制及びその形成過程が一審原告ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。

(二) 瀬戸内法違反の主張について

以下に述べるとおり、本件埋立免許は基本方針の掲げる基準に違反しない。

(1) 隣接海岸への影響

織田が浜では、漂砂は南東方向から北西方向への移動が卓越し、本件埋立が行われても、異常洗掘等による隣接海岸への影響は生じないし、仮に、将来織田が浜の砂が減少することがあっても、その予防是正措置を講ずることは技術的に十分可能である。

(2) 海水浴に与える影響

本件埋立により織田が浜のうち約五〇〇メートルの渚が失われるが、残された約一〇〇〇メートルの海岸に木陰を設け、水飲み場、シャワー、公衆便所等の施設を新設するなどの方法で整備され、織田が浜は従前よりも海洋性レクリエーションの場としての利用効果を高められることになるし、また、今治市東部の頓田川以南には、前記のとおり唐子浜、志島ケ原、大崎等の海水浴場に適した海岸があるから、本件埋立が海水浴等の利用に与える影響は極めて軽微である。

(三) 公有水面埋立法四条一項一号違反の主張について

(1) 仮に一審原告らの主張するとおり、織田が浜については自然海浜保全地区に準じて保全すべきものであるとしても、愛媛県自然海浜保全条例五条は、自然海浜保全地区であっても、その埋立ができることを前提として、自然海浜保全地区の埋立をしようとする者に対し事前の届出又は通知を義務付けているにすぎず、したがって、自然海浜保全地区においての埋立が一切禁止されているとする一審原告らの主張は、その前提自体が誤っている。

(2) 今治市では、国土利用計画法八条に基づき、今治市土地利用計画を定めている。この計画には、蒼社川と頓田川の間に位置する南部地域の臨海部においては、港湾ターミナル機能の拡張と工場の移転拡張等に対応する都市再開発用地の確保を図るため、周辺環境の保全に配慮しながら「海面埋立てによる土地造成を促進する」と定められている。織田が浜は、まさしく右にいう南部地域の臨海部である。したがって、織田が浜において海面埋立による土地造成を行うことは、港湾機能の整備拡張及び都市再開発用地の確保という公共性に基づくものであって、右利用計画の基本的な方針に沿うものである。

(3) 前記のとおり、今治市全体における織田が浜の海水浴場利用度等が低いところ、これを今治港について右(2)のような公共性に基づき埋立整備される用途と対比するとき、最低限度の本件埋立は、国土利用上適正かつ合理的なものである。

(四) 公有水面埋立法四条一項三号違反の主張について

瀬戸内法一三条及び愛媛県計画はいかなる場合でも自然海浜の地先海面を海面のままに残しておくことを要求しているものではなく、埋立ができることを前提としたうえで、瀬戸内海の特殊性に鑑み自然海浜をできる限り保全し、やむを得ずこれを埋め立てるときは環境保全に十分留意して行うべきことを規定した訓示規定にすぎず、前述の今治市土地利用計画に沿って環境面との整合性を図った最小限の本件埋立まで禁止するものではあり得ない。

(五) 本件埋立の公有水面埋立法四条一項及び瀬戸内法一三条一項所定の埋立基準適合性について

本件港湾計画作成及びその変更の経緯は、請求原因2(二)(2)のとおりであるところ、一審被告は、本件埋立免許に至る過程において、昭和六一年一一月九日付けで公有水面埋立法四七条一項、同法施行令三二条本文に基づき運輸大臣に対し本件埋立免許についての認可申請をし、運輸大臣は、本件埋立と愛媛県計画との整合性の問題も含めた埋立免許基準の具備の有無、瀬戸内法一三条所定の配慮義務についての基本方針との適合性等を審査したうえで、昭和六二年二月二七日、本件埋立免許を認可した。因みに、右認可に先立ち、環境庁長官は、本件埋立の届出に対し自然公園法二〇条二項所定の措置を命じておらず、また、愛媛県は、本件埋立につき特に異議がない旨を一審被告に回答している。すると、公有水面埋立法の主務官庁が適法であるとして認可した本件埋立計画について、独自の法解釈を振りかざして重大かつ明白な違法性があるとする一審原告らの主張は失当である。

4  請求原因4(本件公金支出の違法性)について

(一) 同(一)(公金支出の確実性)の事実は認める。

(二) 同(二)(原因行為の違法による公金支出の違法)、同(三)(目的(原因行為)の違法性による公金支出の違法)及び同(四)(原因行為違法の重大明白性)は争う。

地方自治法二四二条の二第一項一号に基づいて違法な公金支出の差止を求める際に主張できる違法事由は、財務会計上の行為の違法に限定され、公金支出の原因となる行為が非財務会計上の行為である場合に、それが違法であることを理由として公金支出が違法であるというためには、非財務会計上の行為が重大かつ明白な違法性を有し無効であると認められることを要するものと解すべきである。ところが、一審原告らは、専ら本件埋立免許及び本件埋立の違法を主張するのみで、財務会計上の行為の違法については何らの主張もしていない。また、一審原告らが本件埋立免許が違法である根拠として主張する公有水面埋立法四条一項一号、三号各所定の免許基準及び瀬戸内法一三条一項に基づく基本方針等はいずれも抽象的な規定であって、具体的な埋立計画がこれに合致するかどうかの判断は所轄行政庁の裁量判断に委ねられている。埋立免許処分は法規裁量処分であり、裁量処分の違法とは裁量権の逸脱又は濫用がある場合をいうものであるが、その違法は一般的には取消原因となるにとどまり無効原因となるものではなく、一審原告らは、その主張自体せいぜい取消原因に該当する違法を主張するにとどまり、無効原因に該当する重大かつ明白な違法を主張するものではない。いずれにしても、一審原告らの主張は失当である。

5  請求原因5(回復しがたい損害の発生)は争う。

(一) 富田地区の埋立によって約34.1ヘクタールの土地が造成され、右土地のうち約33.4ヘクタールが今治市の所有となる。近隣土地の昭和六三年公示価格は一平方メートル当たり六万一〇〇〇円であるから、富田地区の埋立によって今治市の取得する土地の価格は約二〇四億円である。公示価格が実際の取引価格の六、七割程度であることは公知の事実であるから、今治市が本件埋立によって取得する土地の実際の取引価格は、今治市の資金計画書による本件埋立のための支出金額である一四一億六五二八万一〇〇〇円を大きく上回り、今治市が損害を被るおそれは全くない。

(二) 一審原告らは、本件埋立免許は違法で、無効又は取り消しうるものであるため、今治市が埋立地の所有権を取得することができず、その結果、本件埋立のために支出した公金はすべて無駄になるので、今治市が損害を被るおそれがある、と主張している。仮に、本件埋立免許が違法で取消事由があったとしても、本件埋立免許については、取消訴訟の出訴期間が既に経過しているので、もはや取消訴訟によって取り消されることはない。また、本件埋立免許は、出願人である今治市に対して埋立権を付与する授益的行政処分であり、竣工認可があれば今治市が埋立地の所有権を取得するという法律関係を形成する行政処分であるから、仮に、本件埋立免許に瑕疵があっても、一審被告において自らこれを取り消すことは許されない。したがって、今治市が埋立地の所有権を取得できないなどということは、あり得ない。

6  請求原因6(監査請求の前置)の事実は認める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一当事者、監査請求の前置及び前提事実について

一請求原因1(当事者)及び同6(監査請求の前置)の各事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(前提事実)について

1  同(一)(織田が浜)のうち、(1)(位置、形状等)の事実及び東村海岸公園にあたる海浜が海水浴場として利用されてきた事実は当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉、一審原告ら主張のとおりの写真であることに争いのない〈書証番号略〉、昭和五九年七月一〇日から同年九月五日までの毎日午後一時三〇分に今治市富田海岸(織田が浜)における海水浴利用者の状況を撮影した写真であることに争いのない〈書証番号略〉及び原審における一審原告亡飯塚芳夫本人尋問の結果を総合すれば、織田が浜は付近の住民等により古くから海水浴場として利用されてきたこと、今治市東部には、織田が浜のほかに、これに接続してその東南に唐子浜、志島ケ原、大崎等の延長約七キロメートルに及ぶいずれも快適な海水浴場があり、最も利用者の多い唐子浜の海水浴場は、既に商業化され、脱衣場、売店、休憩所等の便益施設が豊富に整っているのに対し、織田が浜には、昭和六〇年頃までは、脱衣場、休憩所等海水浴場としての便益施設がなかったこと、昭和五九年七月一〇日から同年九月五日までの五八日間、毎日午後一時三〇分における織田が浜の海水浴利用者数は合計七七一六人(一日当たり平均約一三三人。右時刻における毎日の海水浴利用者数は〈書証番号略〉のとおり。)であったこと、これまで唐子浜の海水浴利用者数は織田が浜のそれを大きく上回っていること、織田が浜の北西部の竜登川河口付近は、いわゆる木材団地がある等で、工場排水や生活排水によって水質が悪化していること等から、また、南東部の頓田川河口付近は、水深が深く、潮流が複雑であることから、いずれも遊泳禁止区域に指定されていること、以上の事実が認められる。

一審原告らは、昭和五八年七月一六日から同年八月一三日までの織田が浜における海水浴利用者数が延べ約一五万人であったと主張するが、〈書証番号略〉等に照らし採用することができず、他に一審原告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  同(二)(港湾計画とその実行)の事実は当事者間に争いがない。なお、同(二)掲記の法制度が一審原告ら主張のとおりであることは、関係法令に照らし明白である。

第二本件埋立免許及び本件埋立の違法性について

一争点の整理

1  一審原告らは、本件公金支出が違法であると主張し、その理由として本件埋立免許が違法であること及び本件埋立が違法であることを主張している。

2  一審原告らが本件埋立免許が違法であると主張する理由は、本件埋立免許が瀬戸内法一三条一項及び公有水面埋立法(以下「埋立法」ともいう。)四条一項一号、三号各所定の免許基準に適合していないのに付与された違法なものであるというにあり、また、このうち埋立法四条一項三号の免許基準違反の点は、結局、本件埋立免許が愛媛県計画に違背するということに尽きるものである。

3  一方、一審原告らが本件埋立が違法であると主張する理由は、(1)本件埋立が免許基準に適合しない違法な本件埋立免許に基づくものであること及び(2)本件埋立が愛媛県計画に違背し瀬戸内法上埋立を行ってはならない場所における埋立であることの二点である。このうち後者(2)は、一審原告らが本件埋立免許の違法事由として主張する公有水面埋立法四条一項三号違反(愛媛県計画違背)の主張と同一であるから、結局、一審原告らが主張する本件埋立の違法事由と本件埋立免許の違法事由とは全く同一に帰する。

4  そこで、以下においては、本件埋立免許の違法性の有無について判断することとする。

二本件埋立免許の瀬戸内法一三条一項違反の主張について

1  瀬戸内法一三条一項の趣旨・内容

(一) 前提事実

〈書証番号略〉並びに原審証人櫻井正昭及び同安居院清の各証言によれば、次のとおり認められる。

(1) 昭和四八年、瀬戸内海の環境保全上有効な施策の実施を推進するため、時限立法として瀬戸内海環境保全臨時措置法(以下「臨時措置法」という。)が制定された。同法は、昭和五三年の改正によって、名称が瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸内法)と改められ、恒久法とされた。

(2) 臨時措置法は、古来、瀬戸内海は澄みきった水、変化に富んだ海岸線等、比類ない美しさを世界に誇る景勝地として、また銀鱗おどる漁業資源の一大宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受したことに鑑み、これが保護維持を図る目的から、その三条一項において、「政府は、瀬戸内海が、わが国のみならず世界においても比類のない美しさを誇る景勝地として、また、国民にとって貴重な漁業資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであることにかんがみ、瀬戸内海の環境の保全上有効な施策の実施を推進するため、瀬戸内海の水質の保全、自然景観の保全等に関し、瀬戸内海の環境の保全に関する基本となるべき計画(以下この章において「基本計画」という。)を策定しなければならない。」として、瀬戸内海の特殊性に基づく基本計画策定の必要性を掲げ、これを受けて、その一三条一項は、「関係府県知事は、瀬戸内海における公有水面埋立法(大正十年法律第五十七号)第二条第一項の免許又は同法第四十二条第一項の承認については、第三条第一項の瀬戸内海の特殊性につき十分配慮しなければならない。」と規定し、瀬戸内海における埋立免許について、その特殊性に鑑み免許権者である瀬戸内海関係一三府県(以下「関係一三府県」という。)知事に特別の配慮義務を定めると共に、同条二項では、「前項の規定の運用についての基本的な方針に関しては、瀬戸内海環境保全審議会において調査審議するものとする。」と規定し、前項の配慮義務の具体的内容は別途定められるべきこととした。臨時措置法が瀬戸内海の特殊性を掲げた背景には、当時、急激な経済発展に伴って急速に瀬戸内海の埋立が行われたため、これを厳に抑制する趣旨・目的があった。

(3) 瀬戸内海環境保全審議会は、右規定に基づき、昭和四九年五月九日、環境庁長官事務代理に宛てて、「瀬戸内海環境保全臨時措置法第一三条第一項の埋立てについての規定の運用に関する基本方針について」と題する答申(基本方針の提示)を行った。右答申において、同審議会は、「当審議会としては、瀬戸内海の環境の一層の悪化を防止するため瀬戸内海環境保全臨時措置法が全会一致の議員立法として制定された経緯にもかんがみ、瀬戸内海における埋立ては厳に抑制すべきであると考えており、やむを得ず認める場合においてもこの観点にたって基本方針が運用されるべきであると考えていることをこの際特に強調しておくものである。」と前置きしたうえで、瀬戸内海における埋立法二条一項の免許又は同法四二条一項の承認にあたって配慮すべきことを確認する事項として、海域環境保全上の見地から四項目、自然環境保全上の見地から二項目及び水産保全上の見地から三項目をそれぞれ定めているが、その中には、海域環境保全上の見地からの項目として、「埋立てによる潮流の変化がもたらす水質の悪化の度合及び異常堆砂・異常洗掘等による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」(基本方針1(1)ハ)及び自然環境保全上の見地からの項目として、「埋立てそのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」(同2(2)ロ)の各一項が含まれている。

右答申の内容は、同年六月一八日、環境事務次官から愛媛県を含む関係一三府県知事及び各政令市長に宛てて通達された。

(4) 臨時措置法一三条各項の規定は、昭和五三年の改正後、瀬戸内法一三条各項としてそのまま維持され、基本方針も変更されることなく、瀬戸内法一三条一項の運用は基本方針にしたがってなされている。

以上の事実が認められる。

(二) 法的問題点

そこで、右事実に基づき瀬戸内法一三条一項及び基法方針の趣旨・目的並びにこれらと公有水面埋立法との関係について考察する。

(1) まず、瀬戸内法一三条一項の規定は、その立法趣旨等から、関係一三府県知事に対し埋立免許等について同項所定の配慮義務を負わせているものとされるが、その趣旨及び立法経過からすれば、右府県知事に限らず、瀬戸内海における埋立の免許権者も右配慮義務を負い、港湾法五八条二項に基づき埋立免許を行う港湾管理者の長も右配慮義務を負うものと解される(原審証人櫻井正昭の証言参照)。

次に、瀬戸内法一三条一項は、瀬戸内海における埋立法二条一項の埋立免許又は同法四二条一項の埋立承認について特別の配慮義務を定め、瀬戸内法一三条二項が、その運用についての基本的な方針について調査審議を定め、それらに準拠して基本方針が策定されているが、その趣旨・目的は、当時の瀬戸内海の状況及び立法経過等に鑑みると、基本方針が、単に瀬戸内法一三条一項の一般的な運用指針ないし関係官庁等に対する努力目標として策定されたものではなくして、瀬戸内海の特殊性につき厳密な考慮を課するべく、基本方針の定める配慮事項は当該埋立の免許又は承認を与える場合の具体的な審査基準となることを宣明しようとしているものであり、したがって、そこには一般的な自由裁量の余地はないものと解される。なお、基本方針の定める配慮事項は当該埋立免許等の付与についてその全てを具有することが必要であることは、右の点から当然である。

(2) これを、本件について一審原告らの主張に沿って考えてみると、前判示のとおり、基本方針は、「埋立てによる潮流の変化がもたらす水質の悪化の度合及び異常堆砂・異常洗掘等による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」(基本方針1(1)ハ)並びに「埋立てそのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」(同2(2)ロ)を埋立の免許又は承認に当たっての配慮義務と規定しているが、これらはいずれも埋立の免許又は承認付与の審査基準として十分具体性のあるものであり、埋立免許権者は、当該埋立について「度合が軽微」又は「影響が軽微」であることに覊束され、これらの確認をする義務を負い、その軽微であるか否かは字義に照らし一般的な経験則に基づき客観的に判断されるべく、本件埋立の必要性ないし公共性の多寡によって結論が左右されるものではない(もっとも、本件埋立についてその必要性ないし公共性が全く認められないときは、仮にその「度合又は影響が軽微」であっても免許の付与等がなされないこととなろうが、これは前段所述と異なる別個の問題である。)。そして、通例、その変化が基本的部分ないし構造的本体に消長を来さない内容程度のものをもって軽微と考えるのが相当であると解する。

(3) そこで、以下、右に検討した瀬戸内法一三条一項の趣旨・目的に基づき、本件埋立が基本方針1(1)ハ及び2(2)ロ各所定の審査基準を満たすものか否かについて順次検討する。

2  本件埋立の隣接海岸への影響

基本方針1(1)ハの「埋立てによる潮流の変化がもたらす水質の悪化の度合及び異常堆砂・異常洗掘等による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」について、一審原告らは、本件埋立により北西方向からの漂砂の供給が止まって本件埋立完了後残される織田が浜の砂浜が消滅するおそれがあり、その隣接海岸へ与える影響の度合は重大である、と主張しているので、以下、織田が浜周辺における漂砂の移動方向、移動量等を確定し、その結果、砂浜の存廃に及ぼす影響等を順次検討することとする。

(一) 前記当事者間に争いのない事実、〈書証番号略〉及び原審証人木村春彦の証言によれば、以下の事実が認められる。

(1) 今治市富田地区付近の現状は別紙平面図のとおりであり、また、同富田地区以東の海岸の現状は概ね別紙調査地域全体図のとおりであって、最南東側の沖浦海岸までの間、桜井漁港等の漁港設備を除くと、白砂の海岸で形成され、海岸崖は殆どない。

(2) 一般に、海岸地形の変遷は、波浪等の影響により長い年月の間の堆砂、浸食によってもたらされるものであり、海岸線の変化を調べることにより漂砂の卓越的移動方向を推定することができる場合がある。そして、明治三一年、昭和三年、昭和一四年及び昭和二四年に作成された各地形図並びに昭和二二年の航空写真(いずれも〈書証番号略〉に登載)にみられる竜登川河口付近の砂嘴の形状によれば、右各時期の右河口付近における漂砂の卓越的移動方向は、北西から南東への方向であったと推認される。

(3) 一般に、海岸漂砂の移動は主として波浪によよって行われるが、海岸に突出した構造物がある場合、波浪の打ち寄せる側は、構造物によって漂砂が止められて生じる堆砂により砂浜の幅が広くなり、その反対側は、漂砂の供給量の減少と回折波による浸食とで砂浜の幅が狭くなるので、海岸構造物の両側の堆砂と浸食を調べることにより漂砂の卓越的移動方向を推定することができる場合がある。そして、頓田川河口以南の桜井漁港に存在する防波堤については、防波堤の北西側に堆砂が多く、南東側が回折波等により浸食されている。したがって、ここでも漂砂の卓越的移動方向は、北西から南東への方向であったと推認される。

(4) 一般に、海岸漂砂は、主として河口から供給され、波浪、潮流及び風によって運ばれるものであり、その際、粒径の小さな砂ほど遠くに運ばれるので、汀線の海岸漂砂は、漂砂供給源から漂砂移動の卓越方向の下流に向かうほど粒径の小さなものとなる。そして、昭和六〇年に木村春彦を団長とする国土問題研究会調査団が汀線の海岸漂砂を採取して行った粒度分析の結果によれば、織田が浜及び唐子浜においては、各海岸の北西端にあたり、漂砂の主たる供給源である竜登川及び頓田川の各河口からそれぞれ南東方向に向かうに従って、漂砂の中位粒径が小さくなる傾向が認められた。これは、織田が浜から沖浦(唐子浜の南東)に至る漂砂の移動方向が各河口毎に北西から南東にかけてであることを示すものである。

以上の事実が認められ、これによれば、各種の方法による漂砂調査の結果は、いずれも織田が浜における漂砂の卓越的移動方向が北西から南東にかけてであることを示唆するものである。

(二) これに対し、〈書証番号略〉、原審証人大澤志郎及び同田中則男の各証言によれば、今治市から依頼を受けた日本港湾コンサルタントが、若干内陸部に位置する今治消防署における風測結果に臨海部に位置する今治港の港務所における風測結果との相関関係に基づく修正を加え、これをもとに織田が浜における波浪特性及び海浜特性を考察したところ、織田が浜は直線的な海岸であって漂砂の移動量は各所において一様であり、海岸漂砂量の算定式である岩垣・椹木公式を用いて織田が浜における漂砂量を算定すると、南東方向から北西方向に一年当たり1万1507.2立方メートル移動し、将来においても移動方向は変化せず、ただ移動量は僅かに増加すると推計されたことが認められ、この推計結果は、前記(一)において示唆する漂砂の卓越的移動方向と相反するものである。

(三) しかし、右(一)及び(二)の調査方法及び推計結果を比較検討するに、前記(一)の調査方法が、海岸漂砂の標本採取において生じる誤差を除き、客観的かつ総合的で、推計上誤りの生じる可能性が発生し難いものである(標本採取上も著しい齟齬は認め難い。)のに対し、前記(二)の調査方法は、推計の基礎となる資料(今治消防署における風測結果)がその測定場所からみて必ずしも最適のものではなく、修正を要するものであるうえ、修正後の風測結果から波浪特性を推定する過程においても誤りの生じる可能性が否定できない等、その客観性、科学性に乏しいから、その推計結果はにわかに採用し難いものがあり、結局、右(一)におけるように、織田が浜及びその以南における漂砂の卓越的移動方向は北西から南東への方向であると推定するのが相当であると認められる。

(四) そうすると、織田が浜においては、その漂砂の卓越的移動方向が北西から南東への方向であり、しかも、その漂砂の供給源は蒼社川であり、昭和六一年現在、織田が浜における漂砂の移動量は、汀線の海岸漂砂のみで最近二六年間平均年一五〇〇立方メートル(一七年間平均でも年一二〇〇立方メートル)に及ぶことは〈書証番号略〉等において推計されているところであり、これを前提とすると、本件埋立が完了した場合、織田が浜への北西方向からの砂の供給が阻止され、織田が浜の浸食が進み、将来、少なくとも織田が浜の一部が海岸崖等に変化し失われる可能性が考えられなくもなく、その隣接海岸への影響は、にわかに軽微といえないものがあり、一審原告らも、その後現実に顕著な変化が現れている、と主張する。

(五) しかしながら、(1)後記(六)(1)認定のように、本件埋立地の護岸が設けられてから既に相当の年月が経過しており、その間における織田が浜の砂浜の形状の変化を調査することによって、更にまた、(2)右護岸設営前の過去における織田が浜周辺における漂砂の卓越的移動方向が北西から南東への方向であったことが右周辺の海浜に現実に及ぼした影響の度合を調査することによって、織田が浜の砂浜の将来を予測することが相当程度可能であると考えられるから、右(四)の推論のように、本件埋立が原因で、織田が浜の砂浜が消失してしまうと直ちに推断すべきではなく、むしろ、かかる調査が示す実際の砂浜の形状の変化から、本件埋立が織田が浜に与える影響の度合を解明するのが相当であると考えられる。そこで、以下、順次右の両点及びこれらに関連する事項について考察・検討することとする。

(六) まず、前記護岸設営開始後における織田が浜の砂浜の形状の変化について考える。

(1) 織田が浜周辺を撮影した写真であることにつき当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により平成元年五月三〇日頃に撮影されたものと認められる〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、平成元年五月三〇日頃には、既に本件埋立地の南側護岸のうち約二分の一の部分が完成し、その北側及び西側にも仮護岸が設営され、内部の埋立も一部実施されていたことが認められる。

(2) 〈書証番号略〉によれば、今治市作成の都市計画図(〈書証番号略〉。ただし、平成元年一月修正されたもので、これが満潮時における汀線を表示したものであることについては当事者間に争いがないが、満潮時の日時は不明。)に基づき算出した本件埋立地の護岸の南東端から南東の部分の東村海岸公園の砂浜の面積が42846.46平方メートルであり、平成五年一〇月二九日午前一〇時大潮の満潮時における東村海岸公園現況平面図(〈書証番号略〉。土地家屋調査士西原耕司作成。)に基づき算出した本件埋立地の護岸の南東端から南東の部分の東村海岸公園の砂浜の面積が41886.4平方メートルであったこと、及び、右部分の南西側道路沿いの距離が約七六一メートルであることが認められる。

一審原告らは、右砂浜の面積計測の結果に基づき、本件埋立地の護岸の南東端から南東の部分の東村海岸公園の砂浜が、本件埋立後、差引き約一〇〇〇平方メートル消失している、と主張するが、前認定のとおり右砂浜の延長距離が約七六一メートルある(したがって、右砂浜が約一〇〇〇平方メートル減じたとすると、汀線が平均約1.3メートル(一年平均約0.28メートル)後退するに過ぎない。)こと、経験則上、海面の水位の僅かな変化により、砂浜の面積が大きく変動すること及び〈書証番号略〉は大潮の満潮時という砂浜の面積が最も小さくなる時点における面積測量の結果であるのに対し、〈書証番号略〉の測量日時は、満潮時ではあるが、大潮時であったか否か不明であることを考慮すると、右両図面の比較対照のみによって、将来における織田が浜の砂浜の消失を予測するに足りるものとはにわかにいい難い。

(3) 〈書証番号略〉によれば、今治市が、本件埋立地の南側護岸の南東端を通り汀線に直交する直線(以下「54計測線」という。)並びに54計測線から五〇メートル、一〇〇メートル、一五〇メートル、二〇〇メートル、二五〇メートル、三〇〇メートル、四〇〇メートル、五五〇メートル、七〇〇メートル、八五〇メートル及び一〇〇〇メートルそれぞれ南東側に平行移動した各直線(以下、「54計測線を五〇メートル南東側に平行移動した直線を「55計測線」といい、順次、「56計測線」、「57計測線」、「58計測線」、「59計測線」、「60計測線」、「62計測線」、「65計測線」、「68計測線」、「71計測線」及び「74計測線」という。なお、「74計測線」は頓田川河口左岸付近を走行している。)の線上における海底及び陸上の地盤高を、昭和六三年一一月から平成五年二月までの間、毎年測量したこと、右測量の結果は〈書証番号略〉記載のとおりであること(なお、右測量の結果は「汀線及び深浅測量データ表」という表題からして、海面からの高さを表示したものと推認されるが、測量に際し、潮の干満がいかなる状況にあった時点における海面を基準にしたものかは、必ずしも明らかではない。)、並びに、右測量結果から経年における砂の量の増減をみると、①54計測線から59計測線までの範囲では、ほぼすべての計測点において砂の量が増加しており、②60計測線では、海底の傾斜がなだらかな部分では砂の量が増加しているが、その他の部分ではほぼ変化がなく、③62計測線では、海底の傾斜がなだらかな部分では砂の量が増加しているが、陸上の傾斜が急な部分の中腹では若干砂の量が減少しており、④65計測線では、海底の傾斜がなだらかな部分では砂の量が増加しているが、陸上の傾斜が急な部分では砂の量が減少しており、⑤68計測線では、海底の傾斜がなだらかな部分では顕著な変化はなく、陸上の傾斜が急な部分では砂の量が減少しており、⑥71計測線及び74計測線では、一部の計測点を除き、砂の量が減少していたこと、以上の事実が認められる。

右認定の測量の結果によれば、本件埋立地の南側護岸付近にかなりの量の堆砂がみられ、右護岸から約三〇〇メートル南東の地点までは砂の量が増大し、、右護岸から七〇〇メートル南東の地点から頓田川河口左岸までの区域においてはむしろ砂の量が減少しているが、本件埋立後残される砂浜の中央付近である、右護岸から四〇〇メートルないし五五〇メートル南東の区域では陸上の傾斜が急な部分から傾斜がなだらかな部分への砂の移動はみられるものの、砂の総量はほとんど変わっていないことが認められ、すると、本件埋立地の南側護岸が設けられてから相当の期間が経過し、その間北西方向からの漂砂の供給が停止されていると推定されるにもかかわらず、右測量の結果によれば、織田が浜の砂浜がにわかに消失する傾向は窺われず、少なくとも近い将来、織田が浜の砂浜に大きな変化が生ずるとはいい難いところである。

(七) 次に、前記護岸設営の開始前の過去における織田が浜周辺での砂浜の形状の変化について考える。

(1) 〈書証番号略〉によると、昭和二二年を基準として昭和四二年、昭和四九年及び昭和五九年に至る各期間、織田が浜、唐子浜及び沖浦海岸における海浜の堆積及び浸食の幅は、別紙堆積・浸食幅図表(以下「別表」という。)のとおりであること、右期間中、海岸の変化の総体は、潮の干満によりある程度の不正確さはあっても、いずれの海岸も概ね海岸の北西側で浸食、南東側で堆積作用が進行していたことが認められる。

右認定事実からすると、昭和二二年から昭和五九年にかけての三七年間における砂浜の変化は、(1)織田が浜においては、北西端において幅33.7メートルの浸食があったのに対して、南東端の頓田川河口左岸付近では幅一八メートルの堆積があり、(2)唐子浜においては、北西端の頓田川河口右岸付近では幅41.8メートルの浸食があったのに対して、南西部の桜井漁港手前では幅三五メートルの堆積があり、(3)沖浦海岸においても、北西端の桜井河口港手前では幅7.3メートルの浸食があったのに対して、南東端の虎ケ鼻付近では幅6.7メートルの堆積があり、いずれの海岸も、この期間中、従前に比して、それぞれの北西部分の砂浜が浸食により相当程度減少し、南東部分の砂浜が堆積により相当程度増加し、その結果、海岸線(汀線)の湾曲の度合が従前に比して多少とも強められたことが認められる。因みに、織田が浜の約半分に相当するその北西部分(別表のIないしK)の右三七年間における浸食が平均して二二メートル前後(年平均約0.6メートル)であることは、計数上明白である。

(2) 一方、およそ海岸地形の変遷は、波浪等の影響を受けて、長年月の間の堆積・浸食により海岸線に変化をもたらし、場合により白砂の海岸が海岸崖にまで発展変化することさえあるが、織田が浜周辺においては、右(1)のような海岸線(汀線)の変化にもかかわらず、今日まで、織田が浜北西部から沖浦海岸南東部までの間、桜井漁港など漁港設備の箇所を除くと、全般に白砂の海岸で形成され、海岸崖等は殆どないことは、前記(一)(1)(2)に認定のところから明らかである。

(3) 右の(1)(2)の点と、前記(六)(3)の点を彼此対比するとき、今後、織田が浜においては、前記(六)(2)(3)認定説示のような変化(汀線については年平均約0.28メートル減など)あるいはこれよりやや増幅された変化があったとしても、前記護岸設営開始前におけるその北西部分の浸食に比して、一層著しい変動は生ぜず、依然、現状を止め、白砂の海岸という織田が浜のもつ根本的要素を維持し、これに変化はないものと認めるに難くはなく、したがって、織田が浜の構造的部分には変動は生じないものというべきである。

(八) 右に検討したとおり、織田が浜の砂浜には、変化はあっても比較的小さなものであって、本件埋立による影響の度合は軽微なものと推断するに難くはない。

そして、いま仮に、将来において、浸食等により織田が浜の砂の量が一層の減少傾向を示したとしても(ただし、その減少の程度は僅少と予想される。)、原審証人田中則男の証言によると、砂浜の砂の量が減少した場合、砂の搬入による補充のほか、沖合の方に海岸に並行した背を造り波浪を減殺して砂を安定させること、あるいは海岸から突堤を出して海岸漂砂が汀線にそって並行移動することを阻止すること等、砂の量の減少を防止する種々の技術的方法があることが認められるから、これらの技術的方法を駆使すれば、砂の量の逓減傾向を防止し、砂浜の保全は十分可能であるということができる。

(九)  そうすると、本件埋立が隣接海岸である織田が浜に与える影響の度合は軽微なものというべく、これに反する、基本方針1(1)ハの「埋立てによる潮流の変化がもたらす水質の悪化の度合及び異常堆砂・異常洗掘等による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」との基準を満たしていないという、一審原告らの主張は、理由がないものといわねばならない。

3  本件埋立の海水浴に与える影響

基本方針2(2)ロの「埋立てそのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」について、一審原告らは、本件埋立により織田が浜の遊泳可能区域が約一〇〇〇メートルから五八〇メートルに減少し、海水浴の利用に与える影響が重大である、と主張しているので、この点について検討する。

(一) ところで、「海水浴の利用に与える影響が軽微である」か否かは、単に当該海浜における遊泳可能区域の狭小の度合という外形的事実のみによるのではなく、当該海浜における海水浴利用の程度及び埋立前後における変化並びに当該海浜の周辺における代替的設備(海水浴場)の有無及びその内容等諸般の事情を総合勘案して判断するのが、事案の性質上相当であると解される。

(二) 〈書証番号略〉及び原審における一審原告亡飯塚芳夫本人尋問の結果によれば、本件埋立により織田が浜の遊泳可能区域が従前の延長約一〇〇〇メートルから延長約五八〇メートルに減少することが認められる。

そうすると、織田が浜における海水浴のみを取り上げると、本件埋立によりその利用の程度が約四割圧縮されることは外形事実上明らかであるから、その点においては、一審原告らが主張するとおり本件埋立の海水浴に与える影響が重大であるともいい得ないことはない。

(三) しかし、一方、昭和五九年七月一〇日から同年九月五日までの五八日間、毎日午後一時三〇分における織田が浜の海水浴利用者数が合計七七一六人(一日当たり平均約一三三人。右時刻における毎日の海水浴利用者数は〈書証番号略〉記載のとおり。)であったことは前記第一の二1認定のとおりであり、そうすると、織田が浜の海水浴利用者数は、多めに見積もっても、今後とも年間二万人を超えないものと推認され、また、〈書証番号略〉によると、前記遊泳可能区域の海浜の幅は少なくとも四〇メートルを下らないものと認められる。そうすると、本件埋立後は遊泳可能な砂浜が延長約五八〇メートルに減少したとしても、従前より狭い砂浜での海水浴しか楽しめなくなるものの、残された砂浜での海水浴は、利用者数との関係において、さほどの圧迫感はなく、なお十分な余裕を有するものと、経験則に照らし認められる。

また、前記認定のとおり、今治市東部には織田が浜に接続して順次唐子浜、志島ケ原、大崎等の延長約七キロメートルに及ぶ快適な海水浴場があり、最も利用者の多い唐子浜では脱衣場、売店、休憩所等海水浴場としての便益施設が豊富に整っており、より広い砂浜での一層快適な海水浴を望む海水浴利用者が唐子浜を利用することは容易であると認められる。

加えて、織田が浜の北西部の竜登川河口付近は工場排水や生活排水によって水質が悪化していること等から水泳禁止区域となっていることは前記第一の二1認定のとおりであるところ、本件埋立の対象部分は織田が浜の北西部分の海面であるから、本件埋立により失われる砂浜は水質が悪化し海水浴に適さない部分及びそれに近い砂浜であり、結局、本件埋立後残された織田が浜の砂浜は比較的水質が良く海水浴に適する砂浜ということになる。

(四)  以上考察したとおりであって、確かに、物理的には本件埋立により海水浴場は減少するものの、海水浴利用者の数からみればなお余裕があるのみならず、付近には広大かつより快適な海水浴場が控えており、その利用も容易であるうえ、本件埋立の対象たる海面は、本来海水浴場としての適性が劣るところであってみれば、本件埋立が海水浴場等の利用に与える影響は軽微であるというべきであり、したがって、基本方針2(2)ロの「埋立てそのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」との基準を満たしていないという、一審原告らの主張は、理由がないものといわねばならない。

三本件埋立免許の公有水面埋立法違反の主張について

1  公有水面埋立法四条の解釈運用

本来、公有水面の埋立免許は、国有財産の払下ではなく、出願人に埋立の権限を付与する特許行為であり、旧来、右免許の付与は自由裁量行為であると解されていたが、昭和四八年の法改正以後、近年における公有水面の埋立を取り巻く社会経済環境に即応し、公有水面の適正かつ合理的な利用に寄与するため、特に自然環境の保全、利用の適正化等の見地から、従来以上に環境保全等に留意し、公共の利益に適合するよう慎重に処理する必要があるとの観点から、埋立免許の基準を設けるに至った(〈書証番号略〉)。そこで、埋立法四条一項各号の基準は、これらすべての基準を満たさないと埋立免許をなしえない最小限度のものであり、一審原告らも主張するとおり、その点においては埋立免許権者に選択裁量の余地はない。もっとも、右各号の免許基準の趣旨及び適用条件によっては、埋立免許権者の裁量の有無及びその範囲について多少異なるものがあり得るところである。

そこで、以下、右の見地に立脚し、一審原告らが基準違反を主張する各免許基準の解釈運用について、順次検討する。

2  本件埋立免許の埋立法四条一項一号違反の主張について

一審原告らは、瀬戸内海の自然海浜保全地区及び都市公園、自然公園等の各指定区域における埋立は、埋立法四条一項一号にいう「国土利用上適正かつ合理的な」ものとはいいえず、国土保全上やむを得ない例外的な場合を除き許されないから、海浜が都市計画公園に、その地先海面が自然公園に指定されている区域内における本件埋立免許は、右規定に違反するものである、と主張しているので、この点について検討する。

(一) 瀬戸内海における公有水面の埋立

瀬戸内法一二条の七は、(愛媛県を含む)関係一三府県は、条例で定めるところにより、瀬戸内海の海浜地及びこれに面する海面のうち、水際線付近において砂浜、岩礁その他これらに類する自然の状態が維持されている区域、及び海水浴、潮干狩りその他これらに類する用に公衆に利用されており、将来にわたってその利用が行われることが適当であると認められる区域を「自然海浜保全地区」として指定することができる旨を定め、また、同法一二条の八は、(愛媛県を含む)関係一三府県は、条例で定めるところにより、自然海浜保全地区内において工作物の新築、土地の形質の変更、鉱物の掘採、土石の採取その他の行為をしようとする者に必要な届出をさせ、当該届出をした者に対して自然海浜保全地区の保全及び適正な利用のため必要な勧告又は助言をすることができる旨を定めている。

右各条項に基づき昭和五五年三月一八日に制定された愛媛県自然海浜保全条例は、愛媛県内の自然海浜保全地区において埋立を含む所定の行為をしようとする者はあらかじめ知事に届け出なければならず(五条一項)、知事は自然海浜保全地区の保全及び適正な利用のため必要な勧告又は助言をすることができる(六条一項)旨を定めている(〈書証番号略〉)。

また、同条例においては、都市公園法二条一項に規定する都市公園及び自然公園法二条一号に規定する自然公園その他の各指定区域については、自然海浜保全地区の指定をしないものとされている(二条二項)が、その趣旨は、これらの区域においては、都市公園法、自然公園法等の各根拠法律に基づく規制により、自然海浜の保全につきより以上に厳しい配慮が予定されているため、重複指定を省略したものであると解される。織田が浜については、自然海浜部分が東村海岸公園として都市計画公園、その地先海面部分が瀬戸内海国立公園の各区域に指定され、かつ東村海岸公園が都市公園の区域に指定替の予定が立ったため、自然海浜保全地区の指定をしなかったとされる(〈書証番号略〉、原審証人櫻井正昭の証言参照)。

以上みてきたところによれば、瀬戸内法における自然海浜保全地区指定の制度は、指定地区の自然海浜を、都市公園法二条一項に規定する都市公園、自然公園法二条一号に規定する自然公園の各指定区域等と共に、自然のまま保全することを目的とした制度であるということができる。

しかしながら、瀬戸内法及び愛媛県自然海浜保全条例の右各条項が、瀬戸内海における自然海浜保全地区及び都市公園、自然公園の各指定区域における公有水面の埋立を(国土保全上やむを得ない場合を除き)全面的に禁止しているものと解することはできない。けだし、瀬戸内法一二条の八に基づく愛媛県自然海浜保全条例五条一項が、自然海浜保全地区内において水面の埋立等所定の行為をしようとする者に対し届出等の義務を課し、同条例六条一項が、これに対し知事が勧告、助言をすることができると定めていることは、右地区内において一般的に水面の埋立が行われることを当然の前提としているものと解されるし、瀬戸内法一三条も、瀬戸内海において一般的に水面の埋立があり得ることを当然の前提として、埋立免許権者に対して同法三条一項に規定する瀬戸内海の特殊性について十分配慮すべきことを求めているものと解されるからである。

したがって、瀬戸内海の自然海浜保全地区及び都市公園、自然公園等の各指定区域における埋立であることのみを理由として、埋立法四条一項一号にいう「国土利用上適正かつ合理的であること」との埋立免許基準に合致しないものということはできない。これに反対の一審原告らの主張は、採用することができない。

(二) 「国土利用上適正かつ合理的」の解釈

前記のところからすると、埋立法四条一項一号にいう「国土利用上適正かつ合理的」であるか否かの判断は、埋立免許権者の全くの自由裁量によるものではないが、その文言及び事柄の性質上、当該埋立が国土利用上公益に合致する適正なものであることを趣旨とするものであるから、免許権者は、特に本件のように瀬戸内海の自然海浜を埋め立てる場合においては、国土利用上の観点からの当該埋立の必要性及び公共性の高さと、当該自然海浜の保全の重要性あるいは当該埋立自体及び埋立後の土地利用が周囲の自然環境に及ぼす影響等とを比較衡量のうえ、諸般の事情を斟酌して、瀬戸内海における自然海浜をできるだけ保全するという瀬戸内法の趣旨をふまえつつ、合理的・合目的的に判断すべきものであり、そこには、政策的判断からする埋立免許権者の裁量の余地を許容しているが、その判断が埋立免許権者に与えられた右の如き覊束的な裁量の限界を超えた場合、本号に違反し、違法となるものと解するのが相当である。

(三) 本件埋立免許の埋立法四条一項一号適合性

そこで、以下、本件につき、右(二)の観点から埋立免許権者に与えられた裁量権行使の範囲を逸脱し、その限界を超えたものであるか否かについて検討する。

(1) 本件埋立の必要性及び公共性

〈書証番号略〉及び原審証人大澤志郎の証言によれば、今治市は、愛媛県の東北、高縄半島の突出部に位置し、造船、繊維等の地場産業を中心とする工業都市であり、東予地区における商業の拠点であると共に本州(中国地方沿岸都市)及び島しょ部と四国を結ぶ流通拠点であること、今治港は、港湾法上の重要港湾に属し、阪神・関門方面に直結した海上交通の要衝であって、かつ、背後圏の物資流通の拠点として、昭和五六年におけるその港湾取扱貨物量は、外貿貨物一五万トン、内貿貨物一五四八万トン、合計一五六三万トンであり、将来も増加が予想されていること、今治港には現在一万トン級の船舶が着岸可能な岸壁しかなく、木材や米穀類を運ぶ三万トン級の船舶の着岸に支障が生じていること、今治港において貨物のコンテナ化及びタンカーによる搬入に対応できる港湾設備の設置が要望されていること、今治港は来島海峡の東南側に位置しているため、同海峡に近いその北部は、潮流が速く港湾設置の場所として好適でないが、織田が浜付近は、現在の今治港に近接しているうえ、その南部に位置するため比較的潮流が緩やかであり、しかも風も少なく、小型船の利用も可能である等、その利用度は高く、港湾設置に最適の場所であること、右のような港湾設備確保のため、富田地区においては、ふ頭用地五万平方メートル、港湾関連用地及び交通機能用地として一〇万平方メートル以上のほか、相当面積の泊地などを確保する必要があること(なお、静穏な泊地確保のため、防波堤の新設が必要であること)、また今治市の内陸部には地場産業等四〇〇社以上の企業及びその工場があり、それらの企業及びその工場の移転・拡張のため一〇万平方メートル以上の都市再開発用地の確保を地元企業から要望されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実からすると、今治港における港湾機能の整備拡張及び地場産業等の拡充発展のため、港湾関連用地及び都市再開発用地等確保の面から、本件埋立の必要性及び公共性は著しく高いものと認められる。

(2) 織田が浜保全の重要性及びこれに対する配慮

当事者間に争いのない事実、〈書証番号略〉及び原審における一審原告亡飯塚芳夫本人尋問の結果によれば、織田が浜は、古くから拓けた花崗岩砂を組成とする白砂の自然海浜で、そのうち延長約1.1キロメートルの東村海岸公園は都市計画公園に、その地先海面は瀬戸内海国立公園にそれぞれ指定されていること及び織田が浜が、付近住民を中心に快適な自然海浜として、長年にわたり、四季を通じて、魚つり、海水浴、キャンプ及び宗教的行事等に利用されてきたことが認められ、すると、織田が浜は、住民の生活とも関わりの深い、保全することが望ましい瀬戸内海における自然海浜の一であることは否定できないところである。

しかしながら、全立証によるも、織田が浜が、古来の景勝地(名勝)である等、他の瀬戸内海の自然海浜と比して特に保全の重要性が著しく大きいという事情は認められない。

一方、本件埋立により失われる砂浜は、前記認定のとおり、織田が浜のうち水質の悪化しつつある北西部の約三分の一に止まり、快適な南東部約三分の二は本件埋立後も残されることにより、しかも、その経過において、後記(4)認定のように、その埋立の範囲をできるだけ縮小するよう今治港寄りに限定した計画変更を策定実施することにより、本件埋立に関し、最大限の自然海浜保全のための配慮がなされてきたものということができる。

(3) 本件埋立自体あるいは埋立後の土地利用が周囲の自然環境に及ぼす影響

本件埋立自体が周囲の自然環境に及ぼす影響は、第二の二2において認定判示したとおり軽微なものであり、また、本件埋立後の土地利用が周囲の自然環境に悪影響を及ぼす可能性については、何らの主張立証もない(かえって、〈書証番号略〉によると、本件埋立後の周囲の水質及び底質に大きな影響はないとの調査結果が得られたことが認められる。)。この点、本件埋立は、今治港の拡張として既設の港湾に接続してなされるものであって、自然海浜の重要な中央部分に港湾施設等を新設するというようなものではないから、本来、その埋立及び埋立後の土地利用が周囲の自然環境に及ぼす影響は少ない(特に、名勝等を破壊するものではない。)ものであるといいうる。

そうすると、本件埋立自体あるいは埋立後の土地利用が周囲の自然環境に及ぼす影響が大きく、周囲の自然環境が劣悪化する事情は認められないものといわざるを得ない。

(4) 本件埋立免許付与に至る経緯

当事者間に争いのない事実、〈書証番号略〉、原審証人大澤志郎、同櫻井正昭及び同安居院清の各証言並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

① 今治市は、昭和五五年以来、今治港の港湾区域の拡張及び港湾設備等の整備拡充の必要性から今治港の港湾計画の改訂作業を進めてきたが、昭和五九年六月、今治市地方港湾審議会に諮問された当初の改訂計画案には、別紙平面図に表示された富田地区の港湾施設等については、同一の規模・形状であるが、同平面図に表示されたものより約二〇〇メートル南東方向に移動した位置にその計画が策定されていた。同審議会は、右計画案について、大要「今治市の産業発展のために真にやむを得ないものと認め、原案どおり認める。」旨の答申をし、今治市は、これを受けて、今治港の港湾計画の改訂を決定した(以下、この改訂された港湾計画を「第三次港湾計画」という。)。

② 第三次港湾計画は、昭和五九年七月、今治市から運輸大臣に提出され、同年八月九日、運輸大臣から港湾審議会に諮問された。同審議会は、運輸大臣に対し、「原案のとおりおおむね適当と認める。ただし、富田地区の計画については、実施にあたり海浜保全の見地から更に検討されたい。」旨の答申をし、運輸大臣は、同月二三日付で、今治市に対し、「第三次港湾計画については、港湾法三条の三第六項の規定による措置を執る必要がないと認める。ただし、富田地区の計画については、実施にあたり海浜保全の見地からさらに検討されたい。」旨通知した。

③ 今治市は、右通知を受けて、自然海浜保全の必要性から第三次港湾計画を一部縮小し変更することを決定し、運輸省等と協議を重ねた。その過程において、運輸省と環境庁との間で意見の交換が行われ、環境庁は、昭和五九年八月三一日、埋立法四七条二項に基づき運輸省に対し、富田地区における自然海浜の保全上、少なくとも東村海岸公園の自然海浜を三分の二以上残す必要があるとの意見を申達した。これを受けて、今治市は、同年九月一日、富田地区の港湾計画における埋立区域を北西方向に約二〇〇メートル移動させ、別紙平面図に表示の位置及び規模とする旨を決定し、次いで、同年一二月、右趣旨のとおり第三次港湾計画を変更し、本件港湾計画を策定した。右計画策定に先立ち、その港湾計画の変更について、今治市地方港湾審議会及び港湾審議会は、いずれも、「原案のとおり適当と認める」旨の意見を答申し、また、運輸大臣は、昭和五九年一二月七日付で、今治市に対し、「本件港湾計画については港湾法三条の三第六項の規定による措置を執る必要がないと認める。」旨通知した。

④ 今治市は、右のとおり変更された本件港湾計画に基づき、富田地区の埋立のうち今治市が工事主体となる部分につき、昭和六一年八月二八日、一審被告に対し、埋立法に基づく本件埋立免許を出願し、一審被告は、昭和六二年三月二日、右出願にかかる本件埋立免許を付与した。

本件埋立免許に先立ち、一審被告は、昭和六一年九月二〇日、愛媛県の担当部局たる土木部都市計画課長、保健環境部公害課長及び水産局水産課長に対し、同年一一月一四日、商工労働部総務観光課長に対し、それぞれ富田地区の埋立についての意見を要請したところ、同月二五日、商工労働部総務観光課長から「環境庁の意向も配慮されたい。」旨の意見が付されたほかは、いずれも特に支障がない旨の意見の具申があり、これにより本件埋立を含む富田地区の埋立について愛媛県の了解を得た。一方、今治市議会は、同年九月二九日、今治市長提案にかかる右埋立を承認する旨の議決をなした。また、一審被告は、同年一一月二九日付で運輸大臣に対し、埋立法四七条一項に基づき、本件埋立免許についての認可申請を行い、運輸大臣は、昭和六二年二月二七日付で、本件埋立免許を認可した。

⑤ 今治市は、富田地区の埋立によって消失する海面が瀬戸内海国立公園の普通地域に当たるため、自然公園法二〇条一項に基づき、昭和六二年一月二三日付で、愛媛県知事に対し、富田地区の埋立を行う旨の届出をしたが、これに対し同知事からなんらの助言勧告等の措置はなかった。同条二項によれば、環境庁長官は、国立公園の普通地域内において水面の埋立等の行為をしようとするもの又はしたものに対し、当該公園の風景を保護するために必要があると認めるときは、必要な限度において、当該行為を禁止し、若しくは制限し、又は必要な措置をとるべき旨を命じることができる旨規定しているが、現在まで環境庁長官によりそのような措置がとられてはいない。

以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、本件埋立免許付与の過程において、今治市及び一審被告は、必要な手続を全て経由し、計画上、関係者の意見を聴して変更すべきところは改訂されているうえ、本件埋立は運輸省、環境庁等の関係行政庁の意向にも合致し、今治市及び一審被告において独断専行した形跡は全く窺われないから、手続上においても、一審被告の裁量権行使に不相当な、逸脱を窺わせる事情は、全くないというべきである。

(5) 結び

以上のとおりであって、自然海浜をできるだけ保全するという瀬戸内法の趣旨及び目的を十分考慮しても、本件埋立が「国土利用上適正かつ合理的」であるとの一審被告の判断は相当であって、埋立免許権者に与えられた裁量権行使に逸脱があり、その限界を超えたものとは到底認められず、したがって、一審原告らの埋立法四条一項一号違反の主張は理由がない。

3  本件埋立免許の埋立法四条一項三号違反の主張について

一審原告らは、本件埋立免許は環境保全及び海面を含む国土利用に関する計画である愛媛県計画に違背し、埋立法四条一項三号に違反する、と主張しているので、この点について検討する。

(一) 愛媛県計画の趣旨内容並びに一審原告らの主張

瀬戸内法は、瀬戸内海の環境の保全上有効な施策の実施を推進するため、瀬戸内海の水質の保全、自然景観の保全等に関し、瀬戸内海の環境の保全に関する基本となるべき計画を政府が策定しなければならない旨を定めており(臨時措置法三条、瀬戸内法三条一項)、右規定に基づき、昭和五三年五月一日、瀬戸内海環境保全基本計画が策定された。また、瀬戸内法は、「関係府県知事は、基本計画に基づき、当該府県の区域において瀬戸内海の環境の保全に関し実施すべき施策について、瀬戸内海の環境の保全に関する府県計画を定めるものとする。」と規定している(四条一項)。

右規定に基づき、愛媛県においては、愛媛県計画が策定され、同計画では、「第3 目標達成のために講ずる施策」の冒頭において、「計画の目標はできるだけ速やかに達成すること、また達成されているものについては、その状態を維持することを目途として、瀬戸内海の環境保全に関し、本県の区域において実施する施策は次のとおりとする。」と掲げたうえ、その「4.自然海浜の保全等」において、「自然海浜は、地域住民のいこいの場及び海水浴、潮干狩場等の海洋性レクリエーションの場として、多くの人々に利用され、県民の健康で文化的な生活を確保するため、必要不可欠なものとなっているが、近年これら自然海浜が減少する傾向にあることにかんがみ、できるだけその利用に好適な状態で保全されるよう、以下の施策を講ずるものとする。」と前置きしたうえで、その具体的な施策(規制の徹底と指導、取締りの強化)として、「自然海浜の保全のため、瀬戸内海環境保全特別措置法に規定された愛媛県自然海浜保全条例に基づき、自然海浜保全地区の指定を進めるとともに、条例の適切な運用を図るものとする。また、その他県下の貴重な自然海浜が、自然公園法、都市計画法、都市公園法、鳥獣保護及び狩猟に関する法律、森林法に基づく各種指定地区に指定されているので、これら指定地域においては、当該法律に基づく適切な運用を図ることにより、自然海浜がその利用に好適な状態で保全されるよう努めるものとする。」と定めている(〈書証番号略〉参照)。

一審原告らは、愛媛県計画の右内容に基づき、①「第3 目的達成のため講ずる施策」の冒頭の文言(以下「冒頭部分」という。)は、既に計画が達成され好適な状態になっている織田が浜の場合、その地先海面を含む自然海浜をそのまま維持する趣旨であること、②その「4.自然海浜の保全等」の文言(以下「4の部分」という。)は、指定地域たる織田が浜について、自然海浜が海岸利用公園にふさわしい状態で保全されるよう右掲記の関係法律の運用を図る必要があることから、結局、織田が浜の自然海浜をその地先海面の埋立により消滅させる本件埋立は、愛媛県計画の右内容に違背している、と主張している。

そこで、以下、一審原告らの右主張に沿って、本件埋立が愛媛県計画に違背しているか否かについて順次検討する。

(二) 本件埋立の愛媛県計画違背の有無

(1) 埋立法四条一項三号は、埋立地の土地利用の適正化を図る趣旨から、埋立地の土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体の法律に基づく計画に違背した場合には、埋立免許をなしえない旨を規定し、かつ、愛媛県計画は同号の計画に該当するものと認められる。

一方、一般に、この種計画は、行政庁(知事等)が関係法令等に基づき優越的、公共的立場に立脚して関係者等外部に公表する行政上の措置であるが、その趣旨内容は、①計画実施に関して具体的な規準を個別的に設定し、実施すべき内容を個々明確に規制し、遵守を命じている場合と、②計画の趣旨、目的たる一般的指針を宣言し、基礎的な事項を一般的抽象的に規定するに止め、実施内容の詳細はその計画実施の担当行政庁等に委託し、個々の実施内容について具体的な規制を伴わない場合とが存在すると考えられるところ、前者の場合は、名称は「計画」となっていても、その実質は実施の詳細を定め、具体的基準を規定自体において宣明し、これが規制をしているものであるから、担当行政庁等において具体性ある個々の基準に抵触する措置(本件では埋立免許の付与)を採ることは、右計画に違背する(本件では同号違反となる。)こととなり、そこには、自由裁量の余地がないのに対し、後者の場合には、一連の手続の最初の段階にあたる計画に過ぎず、実施事項は確定的ではなく、担当行政庁等は、計画の宣明する一般的指針に違背しない限り、具体的な個々の実施措置を委託されているものであるから、その具体的実施に当たっては政策上の専門的、技術的見地からくる自由裁量により適宜の合目的的な措置を策定することができ、裁量権の著しい逸脱のない限り、計画違背にはならないものと解せられる。もっとも、それは計画全体についてだけではなく、個々の計画の内容(規定)毎に検討すべきことは、いうまでもない。

(2) これを本件について考えると、愛媛県計画は、その文言からも明らかなように、その公表により環境保全の推進につき関係者や県民に対し一層の理解と協力を求め、これが目標達成に向け一般的な指針を掲げることを主眼としているものと認められる(〈書証番号略〉)ところ、前記(一)①の冒頭部分については、冒頭部分の文言自体から明らかなように、冒頭部分は計画実施についての一般的な指針を宣明したものに過ぎないものということができる。そして、一審被告又は今治市が本件について冒頭部分の文言(一般的指針)に著しく反した措置を講じたことはなく、むしろこれに沿った施策を実施してきたことは、前段所述のところから明白である。また、本来、既に2(一)で述べたように、瀬戸内法は瀬戸内海における埋立を全面的に禁止しておらず、愛媛県計画が同法四条一項を根拠としているところからしても、一審原告らがいうように、冒頭部分が織田が浜等の自然海浜の地先海面の埋立禁止を宣明したものと解することは相当ではない。

また、前記(一)②の4の部分についても、文言の趣旨内容に照らすと、一般的に自然海浜保全地区及び各種指定区域の自然海浜の保全に努めるということを宣明したに止まり、それ以上に、埋立の可否ないしその内容程度等につき何ら具体的な基準を定め規制しようとしているものではないから、右(一)②の4の部分は、計画違背の有無を判断する具体的な基準として明確な規定であるとはいいえず、したがって、同(一)②の4の部分も、具体的な基準を示さないものとして埋立免許を拒絶する個別的な根拠規定とはなしえないものといわねばならない。もっとも、右(一)にあるとおり、埋立免許に当たっても、愛媛県自然海浜保全条例及び自然公園法、都市計画法等の各種規制法律の適切な運用がなされる必要があり、そうでない場合には、計画の掲げる一般的指針に反するものとして愛媛県計画違背が生じることになり得るが、一審被告又は今治市が本件について右(一)②の掲げる自然海浜保全等の趣旨に沿った措置を講じてきたことは、前記認定のところから明白であるから、計画の一般的指針に反するところもない(付言するに、この一般的指針は、右に述べたように、抽象的、一般的な規定であって、自由裁量を許容し、著しい裁量の逸脱のない限り、違法といいえないところ、本件においてかかる逸脱を認めるに足りる証拠はない。)。なお、既に2(一)で認定判示したとおり、瀬戸内法及び愛媛県自然海浜保全条例は瀬戸内海における自然海浜保全地区及び各種指定区域における埋立を全面的に禁止しているものではない。

(3)  以上のとおりであるから、本件埋立は、愛媛県計画に違背するものではなく、これに反する一審原告らの埋立法四条一項三号違反の主張は、理由がない。

四結び

1  本件埋立免許の違法性

以上検討してきたとおりであるから、本件埋立免許が瀬戸内法一三条一項及び公有水面埋立法四条一項一号、三号に違反し違法であるという、一審原告らの主張は、いずれも理由がない。

2  本件埋立の違法性

右1のとおりであるから、本件埋立免許が違法であることを前提とする本件埋立が違法であるとの、一審原告らの主張は理由がない。また、本件埋立が愛媛県計画に違背しないことは、前記認定説示のとおりであるから、本件埋立が愛媛県計画に違背し瀬戸内法上埋立禁止の場所における埋立であり、瀬戸内法四条の二に違反し違法である、との一審原告らの主張も、理由がない。

第三本件公金支出の違法性について

請求原因4(一)(公金支出の確実性)の事実は当事者間に争いがないところ、一審原告らは、本件公金支出が違法であることの根拠として、①その原因行為である本件埋立免許が違法であること、②本件公金支出が違法な埋立を目的とするものであること及び③本件埋立自体が違法な財務会計上の行為であり、本件公金支出は違法な財産取得のためになされるものであることの三点を主張するが、これらの主張は、いずれも本件埋立免許又は本件埋立のいずれかが違法であることを前提とするものに帰するところ、本件埋立免許及び本件埋立が違法でないことは、既に述べたとおりであるから、本件公金支出が違法であるとしてその差止を求める一審原告らの主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第四一審原告の死亡

別紙当事者目録(二)記載の一審原告(山岡森雄)は、上告審判決言渡の日の以後である平成五年一〇月九日に死亡していることは記録上明白であるので、その訴えは同一審原告の死亡により終了したことを宣言すべきである。

第五結論

そうすると、別紙当事者目録(一)記載の一審原告らの本訴請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、別紙当事者目録(二)記載の一審原告の本件訴えは同人の死亡により終了したので、主文においてその旨を宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条後段、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官一志泰滋 裁判官渡邉左千夫)

図4調査地域全体図、ほか〈省略〉

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